「坂口安吾 魂の軌跡」展へ

痛かったら手を挙げてください
そういわれたので
手を挙げたんだけど
「はい、もうすこしですよ」
と
励ましの言葉をかけていただくだけであった。
仮にそこで
痛みの原因であろう処置をやめて
痛みが去るのを待つにしても
処置そのものが終わったわけではなく
遅かれ早かれその位置に戻るわけで。
それでも
痛いという意思表示に反応してくれるだけで
なにやら
痛みというものの輪郭が変わるようでもあり。

痛さもさることながら
痛さが続くことへのいい知れぬ不安の方がツライ。
痛さが何時まで続くのかを教えてもらうことで
痛さの内実が変わるわけではないけれど
痛さを感じる心の方に柔らかさが幾分とりもどされるようで。
◇
深い河
私のふるさとはヨルダン川の彼方にある
深い河
主よ 私は向こう側の集会場に行きたいのです
貴方は行きたくはないのか?
福音に溢れた全ての安息が約束された地へ
深い河 主よ 私は向こう側の集会場に行きたいのです
黒人霊歌 『深い河』

電信柱のある空に
今日も夕日が訪れる。
一日に終わりがあるということ
それそのものが
福音のひとつなのかもしれず。
ともあれ。

福音にやすやすとは身を委ねず
痛みとは何であるかを見据えつつ
痛みのある世界に踏みとどまる
坂口安吾は私にとってそんな男。
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群馬県立土屋文明記念館では
ちなみに
大風呂敷はかつて「書上酒店」。
晩年の坂口安吾御用達。
さて、人の情けにすがりつつ
文学館へと向かいます。





