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すなイルカのつかまえかたについて








すなイルカのつかまえかたについておはなししよう。








よくかんちがいされていることなんだけど、すなイルカは鳴かない。
砂漠に日が沈むころ、
赤い空と赤い砂の境から小さな悲鳴のような声が聞こえることがあるだろう。
あれをすなイルカの鳴き声だと思っている人は意外と多いね。
あわててその場所にいってみても何もいない。
それですなイルカは逃げ足が速いというふうに思われているんだ。
そんなとき鳴いているのは、たいてい虫さんごなんだよ。
そのあたりの砂をよく見ると、ところどころにとがった頭が出ている。
ああやってすな蛇を呼び出しているのさ。
もちろん食べるためだよ。
虫さんごはすな蛇が好きなんだ。





そうそう、すなイルカのはなしだったね。





鳴き声を聞いてすなイルカがいると思うのは、まちがいだけど、
あながち全く見当違いというわけでもないんだ。
すなイルカが悲しんでいるのは、確かなことさ。



金魚飼ったことあるかい? 
金魚はぱくぱくしてるだろう。
あのぱくぱくのたびに、水が金魚の口に入るね。
そしてその水に囲まれて、包まれて、またぱくぱく。
金魚はね、「世界」をすったり吐いたりしているんだ。
そしてぱくぱくした世界のまんなかに自分がぽっかり浮かんでいるんだよ。
わかるかい?



すなイルカも砂を呼吸しているんだ。
すなイルカは砂漠の一部なんだ。
いや砂漠はすなイルカそのものなのかもしれないね。
ほら、こうして握ったひとつかみの砂は、
すなイルカの体を一回は通り抜けたものなんだから。




でもね、いくら砂を自分の世界にしていても、
すなイルカは砂そのものではないんだ。
砂はすなイルカの体を通り抜けていく。
世界は自分の中を通り抜けて、たしかにまだそこにあるのに、
自分は世界そのものではないんだ。
それですなイルカは悲しんでいるんだよ。

そんなことで悲しむのっておかしいかい? 



でもときどき青空をみていて、ふと悲しくなってしまうことってないかい?

たぶんそれがすなイルカの悲しみを知ることなんだ。




はなしがそれたね。

 つかまえかただね。




まず、なにかを砂漠に落としておこう。
ちょっとその指輪をかしてごらん。
こうして置いておこう。そのうちすなイルカがくるよ。
指輪でなくてもいい、要は、異物を砂の上に置いておくんだ。
すなイルカは、砂にならないまま砂漠にあるものが気になってしかたがない。
それで近づいてくるんだね。



さて、いよいよつかまえるときがきた。


水筒の口をひねってごらん。
その水で、砂漠の上に、大きな円を描いてみよう。
もちろんすなイルカを閉じ込めるようにね。
すると、その円からすなイルカは出ることができなくなってしまうんだ。

簡単だね。

ただし、気をつけなければいけないよ。

水でつくった円の縁でじっとしゃがみこんで、
もがいているすなイルカを見ていると、
つかまったのがすなイルカではなくて、
自分のほうなんじゃないかって思えてきて、
そのまま砂漠からかえってこられなくなるからね。



さあ、水筒の用意はできたかい?











「すなイルカのつかまえかたについて」 山田耕司

 <オオウチサトコとの往復書簡>より





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