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ダルマ変転

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ダルマ、である。
駅弁であるから、ダルマは食品の器なのだが
どちらかといえば
食品が入っている地域名物といったおもむきがある。
ダルマが 主 で弁当が 従 とでもいおうか。
中身が気になる方はコチラ → ダルマ弁当

ダルマも、かなり自覚があるらしく
口の真一文字の切り込みは、貯金箱への転用を主張しているらしい。
それでは、食品も入る貯金箱、である。
さすがはダルマ
使い捨てられないように戦略を張り巡らしているのだ。

しかし、
その、スポーツ選手が引退後お笑いタレントとして活躍するような
変容は
更なる変容を誘引してしまった。
もう、カワイければ、何でもいいのである。
元スポーツ選手のお笑いは、
アイドルにはかなわない。
このところ地方においてキティーの破壊力はめざましい。
ストラップを中心に、日本中で露出しまくっている。
カーネルサンダースやペコちゃんにくらべたら
ご当地キティーは、浸透度において、プロ の仕事ぶりを示す。
それはそうと
キティーの登場によって
「なぜダルマなのか?」ではなく
「なぜキティーがダルマに?」という問いかけが
駅のホームで目撃する人々の心に去来するたびに
高崎が高崎であるアイデンティティがしぼみはじめたようなのである。
これは皮肉なことだ。
こうしてダルマとキティーダルマを並べると
こころなしかダルマがうつろな表情をしているようでさえある。
地域の情報発信とは
地域の個性を中央のメディアに認めさせることではなく
中央からの平準化を受け入れること
だよな
と言っているかのようなのである。

このままでは、地方の名折れである。
ダルマの危機である。
そうしたいきさつの中で、ダルマも手をこまねいていたわけではなかった。
自らのアイデンティティを、文字通り復活させたのである。

200912031456000.jpg


陶器製である。
なんだかすごいものを復古させてしまった。
キティーのカワイさの対極である。
そうなのだ。
キティーが誘う中央への平準化をこばみ
高崎が高崎であることをふたたび実感するためには
並の破壊力では対抗できなかったのだ。
その風貌は
食欲や所有欲を突抜け
寺社でお守りを購入する時のようなあらたまった気分に
購入者をいざなう。
器のくせに、紙の器に入っている。
しかもその紙の器を内側からうちやぶるようなこの膨満感はどうだ。
1300円という値段もふくめ
これはもはや
駅で購入するお食事というよりは
高崎の歴史づくり
もしくは
まちづくり活動への参画の証(あかし)
とでもいうべき風格をたたえているように思えて来るではないか。
日に何食も出て行くものではないだろう。
しかし、この復古先生がにらみを利かしているおかげで
少なくとも
ダルマはキティーとの折り合いをつけながら
失われつつあった自信を回復しているに違いない。
さすがはダルマ
転んでもタダは起きない。




師走の掲示板

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壁一面が掲示板なのである。
次週の内容は、
直接口頭でお知らせするので
なにも掲示物を出さなくてもよさそうなものではあるが、
出しても出さなくてもよい
と思うとやたら出したくなるのである。
せっかく出すのだから、
手書き。
手書きとなれば当然筆字。掲示板とは
簡潔にして
必要不可欠な情報を
万人が見てわかりやすいようにするもの

理解はしているが
実行はしていない。
山田の顔キャラと
正体不明なキャラが
(もとは鳥獣戯画のカエルのつもりなのだが)
余計なことを口走り、
筆跡はいたく読みにくい。万人向け、ではない。
読み取る諸君が、エライ。
有機的な混沌の中から
必要な情報を
自らの類推力で汲み取っている。
山田には、そんな狙いなど最初から無い。
自分が楽しい気分になるかどうかが
こうした行為の
偽らざる動機である。
師走である。
山田は暴走ギミである。
センター試験まで45日。
あらかたの講義も最終回。
あやしいキャラも出納め、である。

深夜の五両編成

200911302250000.jpg

仕事帰りである。
小山駅。
川越から桐生までの、ここで三分の二の行程。
毎週片道三時間弱の往復。
さぞやつまらなかろうと思われるが、これがなかなか忙しい。
読書がはかどる。
妄想がふくらむ。
いずれ着いて終わる期限のある時間
かかわろうにも深く接することなく飛び去る車窓からの世界
電車での移動は、時間と空間のガクブチ
終点桐生に着く頃には、乗客がほぼヒトケタになる五両編成。
23:11発。

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ちなみに11月から
3月までは
ドアの開閉が手動となります。

句集の表紙に。

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岡野あき さんのデザイン。
力強く、チャーミング。
すべて手描きです。

電柱について

11月の空 

大風呂敷の前の電柱。
たっぷりと電線を担っている。
誰かのところから誰かのところへ。
今、ここにいて、その流れの「途中」を見上げる。
空の色がどう変わろうとも
モノはつながれたらつながったままでいる。
人はどうなんだろうか。
体は首をあげ空を見ながら
心は自分の奥へと目を凝らす。


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